善の水脈
人間の内面を豊かにするものだけに、時間と技術を使う。
教養の涵養を通して、欲望に振り回されない生き方を提示する取り組みです。
現代社会の歪み
私たちの身の回りには、欲望を刺激し、消費させ、競争させ、疲弊させる商品やサービスが溢れています。 拝金主義。ルッキズム。 承認欲求に依存したサービス設計。 効率至上主義。成果主義への盲信。 そして「すべてを商品化する」という思考。 医療、工業、IT、教育、エンターテインメント。 現代のあらゆる技術は、待てなくなり、足るを知ることを忘れた私たちの欲望を埋めるために、必要の程度をはるかに超えて精巧化を続けています。 奴隷労働によって「生産性」を得た物質主義社会もかつて存在しましたが、現代の私たちの欲望も化石燃料の採掘という搾取を生んでいます。 善の水脈は、こうした騒々しい流れから距離を置きます。
この取り組みが大切にする考え
即座の満足、無限のスクロール、終わりのない通知。 多くのWebサービスは、人間の「待てなさ」を増幅させる方向に設計されています。 わずかな空き時間さえ情報で埋め尽くされ、自己を内省する余白は失われています。 生きることに、世間が思うほどお金は必要ありません。収入に合った水準で暮らせば、足りなくなることはない。「ふつうの生活」という概念そのものが、メディアによって作り出された幻想です。「毎日3食」は前提ではありません。たいへん恵まれているだけ。1日食べられないことがあっても、ただちに不幸ではないし、まして恥ずかしいことでもない。そんな状況でも何かの点においては恵まれていることがあると気づくでしょうし、周囲の助けを借りれば、人の優しさに触れる幸せがあります。 自らの欲に気づき、いろいろな角度から眺めてその感触を確かめれば、欲というものは必ずしも直ちに鎮めるべき悪いものではないことに気づくはずです。人は、助け合いと感謝の中で生きていくことができます。幸福も苦しみも、必ず自分の内側にあります。これは特定の宗教の話ではなく、まず自己を修め、周囲の人々とよき関係を築き、よい国を作るという当たり前の生き方の話です。
この取り組みがやること
善の水脈は、たった一つのことに集中します。「世間」の影響を受けず、あくまでも理想主義にもとづき、善きものを生み出すこと。どれも現代の価値観では役に立たないものなので、民間企業には決して作ることができません。 明治の偉人たちが拝金主義の急速な蔓延を嘆いてからおよそ100年が経ち、現代に生きる我々は、産まれながらに資本主義の中に生きています。しかし、資本主義はあくまでも、地理的に離れ、つながりの弱い人と価値のやりとりをするときに考えることを減らすための妥協点です。生きる前提ではありません。 この取り組みで産み出されるものは、金銭を産まないもの、効率的でないものです。しかし、人間の内面を豊かにするものです。いつの時代も、大切なのは「どう生きるか」です。
運営方針
運営者は本業を持っているため、この取り組みを収益化する必要はありません。広告も必要ありません。この取り組みで作るサービスは、承認欲求を煽ることはありません。 この取り組み自体、化石燃料から生まれた電気とコンピュータを使っています。つまり完全に「クリーン」ではありません。しかし、効率のためではなく、低コストでの配布という特性を、「善きこと」を広めるために使うのであれば、いくらかは許されるものと願っています。Webインフラサービスの無料枠もありがたく活用させていただいています。
おわりに
教養は、すぐに役立つものではありません。 しかし、人生を静かに、深く、長く支える土台になります。
古之学者 為己 今之学者 為人
古の学者は己の為にす。今の学者は人の為にす。